PSoC™ プログラマブル システムオンチップで開発

サイプレス セミコンダクタ (現インフィニオン テクノロジーズ) が開発したPSoC™プログラマブル システムオンチップがリリースされてから今年で20周年を迎えます。シリコン産業には技術の進歩が不可欠で、20年前はマイクロコントローラーの需要急増が注目を集めていました。半導体の特性として、市場に潜在的な需要のあるニッチな市場を見つけ素早く量産する必要があります。研究/開発/生産コストが大きいため、先行者利益のルールが適用されます。

マイクロコントローラーの市場機会の把握

1980年代後半、サイプレスはSONOS (Silicon Oxide Nitride Oxide Semiconductor) 型プロセス技術を使用したCPLD (Complex Programmable Logic Device) のラインナップを取り揃えていました。サイプレスはCPLDのラインアップに加えてSONOSプロセスを使用してマウス制御ICを開発し、その後USBコントローラーを開発しました。こうしたASICのコアとなるのが、マイクロコントローラー (MCU) です。USB接続のPC周辺機器やグラフィック インターフェースの急速な普及に伴い、こうしたASICの需要が大きく伸びました。メモリ デバイスもサイプレスの主要製品でした。

2000年代初頭まで、サイプレスの経営陣はマイクロコントローラー市場のビジネス チャンスをつかもうと必死でしたが、課題はたくさんありました。8ビット マイクロコントローラー市場は、すでにいくつかの有力な企業によって飽和状態だったのです。競合他社は数十年前から市場に参入していて、8ビット マイコンの優れた素晴らしいラインアップを持っていました。こうした状況下で、既存のマイコンと同じような機能を持った新たなマイコンを開発して市場に参入することは大変なことでした。

組み込みエンジニアとの非公式な会話によると、開発者はマイコンがほとんどのアプリケーションにおいて必要な機能をすべて提供しているわけではないことを知っていることが判明しました。たとえば、オペアンプや受動部品などのアナログICや、デジタルICの組み合わせが必要です。このような追加部品はマイコンよりも高価なことが多いためBOM (Bill of Material) コストが上がり、貴重な基板にも余分なスペースが必要になります。

こうした洞察から、ミックスドシグナル プログラマビリティが組み込み開発者にもたらす潜在的な価値を理解した製品開発エンジニアたちが、サイプレスの経営陣に掛け合いました。彼らは、ASICを売るのではなく、マイコンのコア周辺にプログラマブルなアナログやデジタルの機能を多数搭載したパッケージを作ればいいのではないかと説得したのです。このアイデアは、差別化されたマイクロコントローラー製品を市場に提供するという点で有望でしたが、サイプレスは、このコンセプトを新しい子会社のサイプレス マイクロシステムズ社内で実現化することにしました。

コンセプトを製品に具現化したPSoC™ 1

最初のプログラマブル システムオンチップ製品のPSoC™ 1は、SONOSプロセス技術を使用して、8ビットHarvardアーキテクチャ24 MHz M8Cマイクロコントローラー コアとプログラマブル ミックスドシグナル アレイを構築しました。FPGA (Field-Programmable Gate Array) のように、PSoC™は起動時にフラッシュ メモリから命令をロードしてプログラマブル ブロックを構成する必要があります。PSoC™のプログラマブル機能の重要な点は、マイクロコントローラーがプログラマブル ブロックを即座にリコンフィギュレーションできることです。プログラマブル機能は、異なるレベルにロードすることができ、PSoC™をまったく異なる機能として動作させることができます。アナログのプログラマブル ブロックは、オペアンプ、コンパレータ、カウンター、タイマー、パルス幅変調器、スイッチング可能なパッシブ アレイなど、ディスクリート回路機能のためのビルディング ブロックを提供します。個々のブロックを相互に接続して、アナログ/デジタル コンバーター (ADC)、プログラマブル ゲイン アンプ (PGA)、プログラマブル バンドパス フィルターなどの機能を構成することができます。プログラマブル ユニバーサル デジタル ブロック (UDB) には、多数のプリミティブ ロジック ゲート、シリアル通信インターフェース、デジタル フィルター ブロックが含まれています (図1参照)。

PSoC™のハードウェア設計と並行して、ソフトウェア開発チームはGUIベースのコンフィギュレーターIDEであるPSoC™ Creatorを書き上げました。

組み込み開発コミュニティがPSoC™を採用

リリース当初から、組み込み開発コミュニティはPSoC™に着目していました。PSoC™ 1 (CY82Cxxxxシリーズ) は、MCUだけでなくプログラマブルなアナログおよびデジタル機能を初めて提供したのです。サイプレスが開発したものの素晴らしさを理解するのに時間がかかった開発者もいれば、すぐに理解した開発者もいました。突然、BOMの部品点数とコストを大幅に削減できるデバイスが登場したのです。また、開発者の多くはPSoC™が複数のアプリケーション向けにリコンフィギュレーション可能なデバイスであることに気付きました。高価で複雑なFPGAの使用は別として、PSoC™はマイクロコントローラーとして初めて、なんらかの形でリコンフィギュレーション可能な機能を備えていました。リコンフィギュレーション機能は、プロトタイピングや初期生産段階において非常に重要な機能です。エンジニアは、単純な基板レイアウトやピン配置のエラーを数分で修正でき、大幅なNREと再加工コストを削減することができます。

PSoC™がBOMコストを大幅に削減した例は数多くありますが、ここではそのいくつかをご紹介します。

ホテルの部屋のドアロック: あるドア ロック メーカーが、製品更新時にPSoC™の採用を検討しました。現製品の設計は、磁気スワイプ式カード リーダー、MCU、カード リーダー、オペアンプ数個、ソレノイド ドライバー、多数の受動素子を搭載していました。また、リアルタイム クロックとバッテリー モニターも組み込まれており、部品点数は合計90点にも及びました。PSoC™ 1を使用することで、BOMを20個に減らし、基板レイアウトは簡素化され、使用するレイヤーを削減できました。PSoC™の開発時に期待したことが実現化された素晴らしい一例です。

自動販売機: PSoC™ベースの設計により、自動販売機に投入されたコインの抵抗率を測定し、その価値をカウントしています。このアプリケーションでは、電気機械的に制御された一連のレバーを使用して、コインを個々のコイン ホッパーに誘導しています。PSoC™のプログラマブルなデジタル機能を使用し、超音波パルスを使用して各ホッパー内のコインの高さを検出しています。各ホッパーがあらかじめ決められたサイズに達すると、PSoC™はDTMFダイヤラーにリコンフィギュレーションされ、制御アプリケーションと通信してサービス コールを開始します。制御システムがメッセージを確認すると、PSoC™はコイン検証タスクにリコンフィギュレーションされます。ここでも、PSoC™を使用することで、BOMとPCBのサイズを大幅に削減することができました。

進化するPSoC™

PSoC™はすぐに市場で採用されはじめ、ユースケースによってはPSoC™が最適解でした。そのひとつが静電容量式タッチセンシングです。2000年代初頭、携帯電話市場では従来の電話のキーパッドがタッチスクリーンに置き換えられ、パーソナル メディア プレーヤーが登場しました。PSoC™のプログラマブルなアナログ ブロックを持つサイプレスにとって、静電容量式タッチセンシングはまさにスイートスポットでした。こうした目的のために開発された固定ブロックはCAPSENSE™と名付けられ、PSoC™と共に進化してきました。

PSoC™ 1の成功により、サイプレス マイクロシステムズはサイプレス セミコンダクタに吸収合併され、PSoC™ 2の開発に着手しました。2000年代半ば、半導体プロセス技術は急速に発展していました。そこで、より小型のジオメトリと高電圧のプロセスに移行し、より優れたモーター駆動能力を搭載することを考えたのです。サイプレスに完全に統合されもはや新興企業とは見なされなくなり、より多くの設計上の考慮事項がありました。主な影響要因には、サイプレスが次世代ミックスドシグナル プラットフォームを構築していたことです。これはPSoC™が将来的に採用すべきものでした。PSoC™ 2の開発は継続せず、130 nmの5 Vプロセスを使用してPSoC™ 3の開発を始めることを決めました。

PSoC™ 3およびPSoC™ 5

PSoC™ 3 (CY8C3xxxxシリーズ) では、PSoC™ 1の12ビット ブロックからオーディオレートで動作可能な16ビットシグマデルタADCを搭載するなど、アナログ性能を向上させたほか、SAR (Sequential Approxitation Register) 変換技術により低データレートで20ビット性能を達成しました。また、フラッシュ メモリの容量を256 kbに増やし、MCUコアを最大67 MHzで動作可能な汎用8051に変更しました。

PSoC™ 3は、PSoC™ 5 (CY8C5シリーズ) の基礎を形成しましたが、これはPSoC™ 3を大型化したもので、32ビット80 MHz Arm Cortex M3コアに移行しました。PSoC™ 5は非常に多くの機能を備えており、チップ上のブレッドボード ラボと表現されることもあります。PSoC™ 5は、遊んで楽しいだけでなく、複雑なアプリケーションを構築するのにも最適です。

PSoC™ 3とPSoC™ 5は両製品とも2009年にリリースされ、PSoC™ 1に比べアドレス可能な市場機会が大幅に拡大しました。2009年のサイプレスの年次報告書では、PSoC™ 3のアナログ機能により、設計において最大30個のディスクリート アナログICが不要になり、8.92ドル以上のコスト削減が可能になると強調されています (図2参照)。

PSoC™ 4 および PSoC™ 6

2000年代半ばには、サイプレスがPSoC™で確立したリードに競合他社が追いついてきました。PSoC™は常に性能、機能セット、コスト間の妥協点の最適解であり、10年間この点を前面に打ち出してきました。PSoC™ 3とPSoC™ 5に続き、デバイスの複雑さを最適化しながら、スリープ時の消費電力と性能を向上させることに開発の重点を置きました。PSoC™ 4では、最大48 MHzの32ビットArm Cortex-M0コアを統合し、より小さなジオメトリで構成されました。PSoC™ 4は、PSoC™ 3とPSoC™ 5のほぼ中間に位置する複雑さで、細かく調整された静電容量式タッチ技術を特徴としています。多くの大手白物家電メーカーがHMIアプリケーション用にいち早く採用しました。LCDガラスの駆動、タッチセンシング インターフェースの操作、および制御機能を備えたPSoC™ 4は、コスト重視の多くの量産型民生製品で大きな成功を収めました。

HMIアプリケーションを重視した結果バッテリー駆動の小型デバイスへの対応という需要が高まってきたため、次に開発したのがPSoC™ 6でした。PSoC™ 6は、40 nmプロセスをベースにPSoC™ 4のプログラマブル機能を備え、最大150 MHz動作のArm Cortex-M4コアにBluetooth Low Energy (BLE) トランシーバーを追加しています。また、X.509暗号化機能とハードウェア ベースのTrusted実行環境の統合により、PSoC™ 6はIoTアプリケーションやその他のウェアラブル家電に使用される柔軟な低消費電力マイコンの成長市場にうまく適合しています。デュアルコアのPSoC™ 6は、100 MHz動作が可能な超低消費電力のArm Cortex M0+コアを追加搭載しています。

PSoC™の旅は続く

PSoC™ 1の控えめ幕開けから、PSoC™の旅はいまも続いています。PSoC™ 4とPSoC™ 6への投資を継続し、ウェアラブル、ヒアラブル、その他のIoT機器開発に取り組んでいる組み込み開発者への訴求力を高めています。PSoC™ 6はソリューション指向のアプローチにより、プログラマブルなアナログおよびデジタル ブロック、市場をリードするMIPS/mW性能、BLEコネクティビティを適切なバランスで最適化します。

PSoC™は、その柔軟性とプログラマビリティが組み込み開発者に受け入れられ、設計のたびにその力を発揮しています。