60GHz帯を使用するレーダーシステム最大の特長は、7GHzという広い周波数帯域を利用できるようになることです。これにより、従来のミリ波レーダーセンサー(77GHzの場合、周波数帯域は最大1GHz)よりも解像度を上げることができるため、60GHzレーダーの電波を当てると、センシングの対象物をより詳細に描くことができるようになります。
また、レーダーの電波は、金属のような固いものではほとんどが反射されますが、モルタルやプラスチックなどの薄い壁などは反射も透過もします。したがって、レーダーセンサーは人の目に見えないところに設置することができます。
今回は、こういったメリットを考慮しながら、どのような応用が期待されるのかについて紹介します。
人感センサは車載応用から
可能性の最も高い応用は、人の有無を検出することでしょう。特に車内センサシステム(ICMS: In-Cabin Monitoring System)が有望な市場だと見られています。
米国では毎年50人ほどの子供が車内に置き去りにされ、亡くなっていると言われています。車内で赤ちゃんが毛布をかぶって眠っているのに、親がそのことをうっかり忘れて赤ちゃんを車に乗せたまま買い物に行ってしまい、戻ってくると赤ちゃんがぐったりしている、というケースが多いようです。60GHzレーダーなら、分解能の高さを生かして毛布の下の赤ちゃんを検出可能なので、例えば、親が車から降りる時に赤ちゃんが車に残ったままであることを親のスマホに通知することで、こういった事故を防ぐことができます。
欧州市場に投入される新車の安全性をテストするプログラムEuro NCAP(European New Car Assessment Program)では、子供の置き去りを検出する機能であるCPD(Child Presence Detection)に関する試験を2023年から導入します。また各国政府が主導して、こういった不慮の事故を撲滅する規制の法制化を進めているようです。自動車メーカーも乗客の安全を守ることには進んで取り組んでいます。米国でも今後の5年以内に法制化されると見られています。
ドライバーの健康状態をモニターしたり、乗客が何人いてどの席に座っているのかを検出することも可能になります。
ドライバーの健康状態を測定する場合には、ドライバーの呼吸数や心拍数を測定することで、例えば急に呼吸や心臓が速くなると異常だと判断するような設定にしておけば、ドライバーの健康が悪くなった状態を検出できます。
また、乗客の人数や位置が分かれば、乗客にシートベルトの使用を促したり、エアバッグを乗客の席にのみ動作させることができるようになります。
ある調査によると、車内の乗客の有無を検出するOMS(Occupant monitoring system)市場規模は、現在はまだ30万台程度ですが、2025年には約1800万台に達し、その内の50%近くがレーダーを使うと考えられています。
人感センサの応用範囲は広い
60GHレーダーシステムの応用先は、車載用途以外にも多く存在します。例えば、照明制御やエアコン制御用の人感センサとして、将来のスマートホームで使われるようになるでしょう。人感センサは、赤外線を使ったものがすでに商品化されています。赤外線は、人間が発する36~37℃の熱を感知して人を検出するため、周りの温度よりも人間の体温が高いと感度良く検出できますが、遮蔽物があると検出できません。
しかし、60GHzレーダーは電波を使うので、センサと人の間に遮蔽物があっても人を検出できます。例えば、帰宅するとすぐにリビングルームのLEDランプが点灯し、エアコンの電源が入ることなどが想定できます。赤外線の場合、光の一種なので光が届く場所まで人が行かなければ人を検知できないので、玄関に入ってもすぐにはリビングのランプやエアコンの電源は入りません。
ビルディングやオフィスなどの出入り口への応用も可能です。入退出を管理できると共に、何人入ったかという記録を残すこともできます。この応用では、カメラによる顔検出と違って、プライバシーを守ることができます。レーダーのイメージング技術といっても、カメラほど鮮明な画像を撮ることができないためです。
また、レーザー光を利用するLiDAR(光による検出と測距)技術と比べると、広帯域レーダー技術はビームを細かくスキャンする必要がないため、より低いコストで画像を描くことができます。そのため、レーダー技術をロボットに組み込めば、LiDARよりも低コストで障害物の検出や回避を実現できる可能性が高いのです。
新型コロナ時代に重要な非接触の技術
その他の応用先としてジェスチャー入力があげられます。ジェスチャー入力とは、スマホやカーナビなどのスクリーンに直接触れずに少し離れた位置で手を動かしスマホを操作するというもので、レーダーで人の手の動きを検出することで可能になる技術です。スマホではすでにグーグルのスマートフォンPixel 4に使われています。
新型コロナウイルスの拡大に伴い、現在この技術への注目が高まっています。人々は今、不特定多数の人が触るものに出来るだけ触れたくないと考えています。例えば、街にある銀行のATMや、駅での切符の自動販売機のディスプレイなどです。そこで、実際にスクリーンに触れることなく操作ができるジェスチャー入力が望まれてきたのです。
加えて、バイタルセンサへの応用も可能になっています。バイタルセンサとは、心臓の鼓動や呼吸している胸の動きを検出するものです。広帯域の60GHzレーダーがあれば、体に触れることなく心電図や呼吸波形を得ることができます。これもコロナ禍で有効な技術です。病院の医師が、自宅にいる患者に触れずに患者の心電図や呼吸の波形を遠く離れた病院からリアルタイムで見ることができるため、院内感染の危険性がありません。また患者にとっても、現在使用されている心電図計などと違い、身体にセンサを取り付ける必要がないため、不快な思いをせずにデータを取ることができます。実際に米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)では、ミリ波で呼吸と心臓の鼓動をリモートでチェックしています。
コロナ禍で他人と触れなくて済むための技術として、広帯域60GHzレーダーの応用市場はこれから拡大が期待されています。