エッジコンピューティング:今、知っておきたいこと

オンライン記憶装置やデータ通信について考えるときには必ず、「クラウドコンピューティング」という用語がすぐに頭に思い浮かびます。しかし、それより知られていない概念として「エッジコンピューティング」という用語があります。では、それはいったい何なのでしょうか? インフィニオンは、さまざまなアプリケーションで使用されるエッジデバイス向けのセンサやアクチュエータを供給しています。

エッジコンピューティングとは何か

コンピュータ利用において「エッジ」とは、コンピュータネットワークの仮想世界と現実の世界の接点となる技術情報ネットワークの外縁部を指します。ほとんどの場合、「エッジ」という用語はそのネットワークがインターネットであることを暗示しています。

エッジコンピューティングとクラウドコンピューティングの関係

「エッジコンピューティング」という用語は、「クラウドコンピューティング」という用語と密に結びついています。「クラウド」とは、インターネット経由で世界中に分散配置されている全ての中央演算装置を指します。サーバーとも呼ばれるこれらの演算装置は、現実世界と直接やりとりするのではなく、ネットワーク経由で相互に接続し、その「エッジ」にあるデバイスとも接続しています。これらのデバイスは「エッジデバイス」と呼ばれます。

典型的なエッジデバイスの例

典型的なエッジデバイスの例

エッジデバイスとは、マイクロコントローラ、センサ、またはアクチュエータが搭載され、ネットワークに接続されたあらゆる種類のスマートシステムを指します。ほとんどの場合、これらのシステムは「スマートシティ」「スマートグリッド」「スマートビルディング」「産業用IoT(モノのインターネット)」などと呼ばれます。

エッジデバイスの中には、ネットワークに接続された以下の装置のように、極めて特定的な用途に用いられる統合性の高いシステムもあります。

  • 暖房温度調節器
  • キッチン用家電製品
  • 電気メーター
  • 翻訳機
  • テレビ
  • 携帯電話

一般的に「エッジ」という用語は非常に幅広く使われており、エッジデバイスには、自動車やドローンなど、あらゆる種類の完全自律型または部分自律型車両も含まれる場合があります。

各メーカーは、エッジアプリケーションに適した多数のプラットフォームを提供しています。例えば、Raspberry Piのシングルボードコンピュータは、本格的なLinuxベースのインターネット接続装置です。Auduinoボードはもっと単純なアプリケーションにも使えます。どちらのプラットフォームも、商用アプリケーションの試作品にもよく用いられています。

サーバーは複数のコンピュータを集めたコンピュータファームの形に構築され、サーバーとエッジデバイスの間に固定された役割はないのが普通です。ぼんやりした雲のような匿名のサーバー群から演算能力がもたらされると言ってもよく、ここから「クラウドコンピューティング」という用語が生まれました。ただし、データ処理はエッジデバイスで実行される場合もあります。これが「エッジコンピューティング」と呼ばれるものです。

「エッジ」と「クラウド」との間の移行は流動的です。追加の演算能力が、センサやアクチュエータと直接接続していないエッジ付近にある場合もあります。この種のデータ処理は「フォグ(霧)コンピューティング」とも呼ばれます。

エッジデバイス用のセンサとアクチュエータ

エッジデバイスには具体的な用途によって、さまざまな種類のセンサやアクチュエータが搭載されます。

  • 単語や話し言葉を認識し、話し手や音声の位置を特定して認識するマイク。製品ページはこちら:MEMSマイク
  • 人や物の位置を特定し、認識する光学カメラ
  • 距離や速度の検出、物体や身ぶりの分類を行うレーダー。製品ページはこちら:レーダーセンサ
  • 物体の3Dキャプチャや人物認証用のToF(Time-of-flight)。製品ページはこちら:ToF(Time-of-flight
  • 光センサ、近接センサ
  • 磁場や電流を検知するホールセンサ
  • 加速、速度、位置を検知する人感センサ
  • 気象予報や高度測定に用いられる気圧センサ。製品ページはこちら:気圧センサ
  • 液体や気体の組成を判定する物理センサや化学センサ

エッジコンピューティングの仕組み

「エッジ」にはセンサやアクチュエータが組み込まれています。センサが現実世界を検知し、アクチュエータがそれを操作します。エッジにおいて、アナログ測定データはデジタルパラメータに変換され、デジタル制御変数はアナログ出力信号に変換されます。

エッジコンピューティングでは、キャプチャされたデータはまず中央処理のためにサーバーに送られるのではなく、その場ですぐに処理されます。例えば、マイクロプロセッサは測定データから直接アクションを導き出し、アクチュエータを作動させることができます。

アクチュエータの例

  • 温度センサが室温を記録し、制御アルゴリズムと望ましい室温に従って暖房システムのスイッチをオンオフする。
  • 角度センサや距離センサが位置を記録し、それに応じてモータを作動させる。

「エンベデッドシステム」とは?

「エンベデッドシステム」とは、一般にセンサ、アクチュエータ、アナログ-デジタル変換、プロセッサから構成される統合型システムをいいます。エッジデバイスの形態のエンベデッドシステムには、クラウドにつながる通信インターフェイスやネットワークインターフェイスもあります。このインターフェイスは、キャプチャされたデータやローカル処理されたデータを中央サーバーに送信し、コマンドや構成データを受信するのに使われます。

人工知能(AI)を利用した新しいアプリケーション

「エッジコンピューティング」という用語は過去数年の間に、人工知能(AI)とニューラル(神経)ネットワークの利用拡大に伴って確立されてきました。

クラウドのデータと演算能力を広く利用できるようになったことが、AIと機械学習の分野における劇的な進歩につながりました。クラウドで利用できるようになったほぼ無限のデータ処理能力を活用して、包括性を増している人工ニューラルネットワークを難しいタスクに取り組ませるために「訓練」することができます。機械学習によるアルゴリズムは、多くの分野で画期的な進歩につながりました。例えば以下のようなものがあります。

·         自然言語の認識と処理

·         テキスト認識とテキスト生成

·         画像センサを用いた物体の分類と追跡

·         大量データ中のパターンの認識と傾向の予測

·         生体的特徴に基づく個人認証

人工ニューラルネットワークは、何層もの人工ニューロン(神経細胞)から構成されており、このニューロンはシナプス(連結部)を経由して相互に連結されています。ニューロンの層は入力層、隠れ層、出力層に分かれています。人工ニューロンは概して、極めて抽象的な意味で生体のニューロンの動作を模しています。シナプスで加重、蓄積された励磁が一定の閾値を超えた場合、ニューロンは次のニューロン層に励磁を放出します。ニューラルネットワークを訓練している間は、膨大な訓練データを利用し、学習アルゴリズム経由でシナプス荷重が徐々に設定されていきます。

人工ニューラルネットワークの中にあるニューロンは数百万個、シナプスは数十億個に及ぶこともあります。高性能サーバーでも、特定のタスク向けに訓練するには非常に時間がかかり、何日も、あるいは何週間もかかることもあります。一見すると、AIはクラウドの中だけに存在するのが当たり前のように思えます。

しかし、純粋な実行や推論になると、訓練されたニューラルネットワークが必要とする演算能力は、訓練そのものよりはるかに少なく済みます。このことと、ハードウェア効率のいい最新のネットワークアーキテクチャ、そしてエンベデッドシステム上でこのネットワークを効率的に複製できるツールのおかげで、多くのAIアプリケーションはエッジ上で直接実行することも可能です。

エッジデバイスのセキュリティ

データセキュリティは、エッジコンピューティングの重要な一側面です。システムを離れるのは特定のデータだけにし、他のデータはエッジデバイス内に残るようにしなければなりません。そのため、エッジデバイスでは完全性チェックが継続的に行われます。特にシステムソフトウェアが操作されていないかどうかをチェックするために、モニタリングが実行されます。計画されたシステムソフトウェア更新用のプログラムが本物であることを検証する必要もあります。

クラウドとの通信については、エッジデバイスはまずサーバーやデータサービスの真正性をチェックし、その上でそのデータを暗号化して送信しなければなりません。現在のところ、この処理は非対称暗号方式を使って行われており、重要な公共インフラによって支えられています。

この目的のためには、ソフトウェアよりは簡単に操作されにくいハードウェアにおいてセキュリティを確立することが重要です。インフィニオンは、エッジデバイス専用の「組込みトラステッドプラットフォームモジュール」を提供しています。これらのモジュールはシステムの完全性の確保や、通信相手の真正性のチェック、セキュリティを確保したデータの暗号化に利用することができます。

インフィニオンとエッジコンピューティング

多くのエッジデバイスには、インフィニオン製のセンサ、マイクロコントローラ、セキュリティソリューション、パワーエレクトロニクス製品が使用されています。インフィニオンでは半導体部品やマイクロ機械センサの他に、中小のパートナー企業と協力し、エッジコンピューティング分野の完全なサブシステムやデバイスも提供しています。

例:革新的な警報システム

インフィニオン製の革新的な警報システムは、エッジコンピューティングソリューションによって、いかに既存のスマートホームシステムの高度化が可能になるかを示す好例です。既存の警報システムに搭載されているマイクは、家屋に侵入しようとしたときのガラスが割れる音を検知しますが、インフィニオンが提示する特許登録済みのコンセプトでは、ニューラルネットワークを利用し、音声情報と圧力情報を組み合わせて評価します。

この方法であれば、誤警報が最小限に抑えられ、システムの信頼性が高まります。この新しい警報システムのもう一つの特徴は実装の柔軟性で、既存のガラス破損検知システムに容易に統合できます。

まとめ

エッジコンピューティングは、私たちの生活のあらゆる領域に浸透しつつあります。センサ、アクチュエータと、関連するパワーエレクトロニクス製品はエッジデバイスのインターフェイスであり、したがって現実世界につながるネットワーク全体のインターフェイスとなります。エッジコンピューティングを活用すれば、データをローカルで処理し、絶対に必要な場合に限り、クラウドに転送することができます。結局のところ、データをエッジで処理するか、クラウドで処理するかについては、必要な演算能力、エネルギー効率、待ち時間、さらにセキュリティと個人のプライバシーが決定要因となります。エッジとクラウドは相互に補完し合うのです。人工ニューラルネットワークに基づくアルゴリズムは、クラウドだけで使用されるものではなく、ローカルで賢明な判断をし、新しい革新的なアプリケーションを可能にすることができます。成功が約束されたその進化は、まだ始まったばかりです。

 

更新:2019年12月